「ロサンゼルスの吉野家ではAIがドライブスルーの注文を取っている」と言うと、国内の吉野家との違いに、多くの日本人は少し驚くかもしれません。吉野家に限らず、アメリカの多くのファーストフード(英語では、QSR=Quick Service Restaurant)チェーンでは、音声認識や言語処理技術を活用したドライブスルーAIの開発や試験導入が進められています。
もともとアメリカのファーストフード市場は、ドライブスルーによる売上構成比が日本に比べ高い傾向にありました。それが、コロナ禍を機にその比率がさらに高まったことで、多くの企業がハード・ソフトの両面で、ドライブスルーにフォーカスした店舗の再設計に巨額の投資を行うようになっています。ドライブスルーAIの導入も、そのような流れの一環と言えるでしょう。
一方で、マクドナルドが米国内の約100店舗でテストしていたドライブスルーAIの使用を中止し、スタッフによる対応に戻したというニュースは、ドライブスルーAIが投資に見合う精度や効果を出せていなかったのではという憶測を呼びました。
ドライブスルーAIとはどのようなもので、どのような課題を解決しようとしているのか?
人間の多様な注文を“理解”し処理できるのか?それとも失敗に終わるのか?
各社の取り組み事例とあわせ、紹介します。
目次
ドライブスルーAIとは?
ドライブスルーAIとは、ファーストフード店やその他の飲食店のドライブスルーサービスにおいて、人工知能(AI)技術を活用して注文プロセスを自動化・効率化するシステムを指します。従来、ドライブスルーの注文受付は人間のスタッフが行っていましたが、AIの導入により、音声認識や自然言語処理(NLP)、データ分析といった技術を活用して、注文の受付から処理、さらには顧客体験の向上までをサポートすることを目指しています。
仕組み:AIは注文をどのように処理するのか?
ドライブスルーAIの仕組みは、おおよそ以下のようなプロセスで構成されています。
- 音声認識: 顧客がスピーカーを通じて注文を行うと、AIシステムがその音声をリアルタイムで解析します。音声認識技術が顧客の発言をテキスト化し、注文内容を正確に把握します。
- 自然言語処理(NLP): テキスト化された注文内容は、NLP技術を使って解析されます。AIは顧客の言葉の意味を解析し、注文が何を指しているのかを正確に解釈します。これにより、メニューのカスタマイズや特別なリクエストにも対応できるようになります。
- 確認と注文処理: AIは解析した注文内容を音声で顧客に確認します。例えば、「ご注文は、ピクルス抜きのベーコンチーズバーガーを一つ、ポテトのLサイズ、ダイエットコーラのセットで間違いありませんか?」といった具合です。顧客の確認が取れたら、注文内容をシステムに登録し、顧客に合計金額を伝えます。
- データ分析: AIは注文データを蓄積し、会員情報や車のナンバー情報などと紐づけて、顧客の嗜好や行動パターンを分析します。この分析結果を用いて、次回以降、パーソナライズされた提案やキャンペーンのオファーができるようになります。
AIによって解決が期待されるファーストフード店の課題
ファーストフード業界において、ドライブスルーは重要なサービスチャネルであり、顧客の利便性を高める一方で、いくつかの課題にも直面しています。こうした課題を解決するため、AI技術の導入が注目されています。ドライブスルーAIは、従来の運営プロセスにおけるさまざまな問題を解決し、店舗の効率性と顧客満足度を大幅に向上させる可能性を秘めています。
1.注文精度の向上
従来のドライブスルーでは、顧客がスピーカーを通じて注文を伝え、それをスタッフが手動で入力する手法が一般的です。この方法では、環境音やスタッフの聞き間違い、顧客の発音の違いなどが原因で、注文が正確に伝わらないことが頻繁に発生しています。
AIの導入により、聞き間違いや入力ミスが大幅に減少し、注文精度が向上することが期待されています。特に、複雑な注文やカスタマイズリクエストにも対応できるため、顧客が満足するサービスを提供することが可能になると言われています。
2.待ち時間の短縮
ファーストフード店のドライブスルーにおける待ち時間は、顧客満足度に直結する重要な要素です。ピーク時には長蛇の列ができ、顧客がストレスを感じることも少なくありません。また、行列の存在はそれだけで、一部の顧客に来店を諦める理由を与え、売上に影響します。
AIを導入することで、スタッフの手が空くのを待つ必要が無くなり、顧客は注文用マイクの前に車を停めた瞬間、すぐに注文できます。AIであれば注文データをリアルタイムで処理し、同時に複数の注文を効率的に管理できるため、待ち時間の短縮が実現します。これにより、ピーク時でもスムーズなオペレーションが可能となり、顧客の回転率が向上し、売上増加にも寄与すると期待されています。
コロナ禍以降、ドライブスルー用のレーンを増やす店舗やドライブスルー専門店も増えています。これらに人手で対応するのは限界があり、モバイルオーダーやドライブスルーAIを活用する場が広がっています。
3.スタッフの負担軽減と業務効率化
従来のドライブスルーでは、スタッフが注文の受付から処理、そして顧客対応までのマルチタスクを行う必要があり、多忙な時間帯には過重な負担となっていました。このような負担は、ミスやサービス品質の低下の原因となり、顧客満足度の低下につながります。
ドライブスルーAIによる注文の受付や処理の自動化により、人員削減を心配する声もありますが、経営層はスタッフの業務負担が軽減され、より付加価値の高い業務に集中できるようになれば、スタッフにとっても働きやすい職場になるだろうと強調しています。
ファーストフード大手各社の取り組み
マクドナルド
マクドナルドは2021年10月にIBMと提携し、以降、100以上の店舗において、ドライブスルーの自動注文受付システムの導入テストを行ってきました。しかし今年6月、テスト中の全店舗で7月26日までにこの技術を停止するということが発表されました。テストの結果については公表されていませんが、SNSでドライブスルーAIがエラーを起こす動画が拡散されていたこともあり、注文受付の精度が十分でなかったと推測されています。
マクドナルドは、現在のシステムは中止にするものの、今後もドライブスルーAIの可能性を探っていくとしています。(*1)
Wendy’s
Wendy’sの「FreshAI」は、Google Cloudの生成AI技術を活用して、ドライブスルーでの注文を自動化しています。「FreshAI」は、多様なカスタマイズや略称での注文にも対応できるよう設計されており、周囲の騒音や後部座席の声なども無視することができるとされています。
2023年6月から、オハイオ州コロンバス地区の店舗で試験運用が開始されており、2024年は全米のさらに多くの店舗にドライブスルーAIを展開する予定です。(*2)
Taco Bell
Taco Bellは、ドライブスルーAIを導入するため、AIソリューションを提供するPresto社と提携しています。Taco BellのドライブスルーAIは、商品の名前の発音が異なっていても理解できるように訓練されており、顧客からのフィードバックやデータを活用して、より使いやすく改善されるよう設計されています。
現在、アメリカの13の州の100店舗以上でテストが行われており、2024年内にさらに多くの店舗に導入される計画が進行中です。将来的には親会社のYum! Brands傘下のKFCやピザハットにも展開する予定です。(*3)
ここに挙げた3ブランド以外にも、冒頭にご紹介した吉野家、日本人にはあまり馴染みのないChick-fil-A(チックフィレイ)やHardee’s、Carl’s Jr.などがドライブスルーAIを導入し始めています。
ドライブスルーAIは言語の壁を越えるか?
アメリカでは、移民の多さや地域による文化の違いから、英語の発音やアクセントに大きなばらつきがあります。例えば、ニューヨークのブルックリン、テキサス州ダラス、ロサンゼルスの住民では、同じ英語でもその響きが全く異なります。こうした多様性は豊かさの一因である一方で、ドライブスルーなど、音声だけに頼る場面ではコミュニケーションの障壁となり、注文ミスや誤解が生じる原因ともなります。
業界メディア「QSR Magazine」に掲載された記事、「Testing Taco Bell’s AI Voice Ordering Drive-Thru Experience(Taco BellのAI音声注文ドライブスルー体験をテスト中)」の執筆者であるChris Crichton氏は、ティーン時代の最初のアルバイト経験を振り返り、記事内でこのように述べています。
「ドライブスルーの仕事は嫌でした。お客さんの声を聞くのに苦労し、お客さんも私の声を聞くのに苦労し、注文を間違えることもよくありました。そのすべてが、自分の仕事に誇りを持っていた15歳から18歳の少年にとっては苛立たしいものでした。あのドライブスルーの窓口ではあまりにも多くの注文が失敗していて、食品のコストはとんでもないことになっていたに違いありません。」
日本人からすると、なかなか想像しにくいシチュエーションかもしれませんが、「QSR Magazine」が毎年実施しているドライブスルー調査によると、調査が開始された1998年当初、メジャーなファーストフードブランドにおけるドライブスルーの注文受付の正確性は61.8%~83.9%とかなり低く、アメリカ国内・英語話者同士であっても言語の壁やコミュニケーション課題が確かに存在していることがうかがえます。
最新の同調査(2023年版)では、82%~92%の正確性となっており(*4)、音声機器の改善等により正確性が向上していますが、それでも10件に1~2件近いミスがあるというのは、まだまだ多い気がします。
ドライブスルーAIは、こうした言語の壁を越えるツールとして機能する可能性があります。AI技術は、音声認識と自然言語処理を組み合わせて、さまざまなアクセントに対応することができます。これにより、異なるアクセントを持つ顧客の声を正確に認識し、注文ミスを減らすことが期待されます。
さらに、AIはリアルタイムで注文内容を顧客に確認する機能を持っているため、誤解を未然に防ぎ、より円滑なコミュニケーションを可能にします。こうした技術の進歩により、ドライブスルーAIは単なる効率化ツールを超え、多様な言語背景を持つアメリカ人同士のコミュニケーションを支援する有力な手段となりえるとも考えられます。
まとめ
ドライブスルーAIは、アメリカのファーストフード業界が直面する多くの課題を解決するための強力なツールです。注文精度の向上、待ち時間の短縮、スタッフの負担軽減、パーソナライズされた顧客体験の提供、マーケティング戦略の強化など、AI導入は店舗運営と顧客満足度、そして売上に大きく貢献すると期待されています。
日本においてドライブスルーAIの導入が進むかは未知数ですが、AIのマルチリンガル対応機能は、多言語対応が求められるシーンで大いに活用できる可能性があります。特に観光地や都市部での応用が期待でき、言語の壁を越えたサービスの提供やコミュニケーションの活発化に寄与するでしょう。
(*1)Maze,J.(2024.June 14).McDonald’s is ending its drive-thru AI test.RESTAURANT BUSINESS.https://www.restaurantbusinessonline.com/technology/mcdonalds-ending-its-drive-thru-ai-test(*2)Spessard,M.(2023.December 11).Leading Drive-Thru Innovation with Wendy’s FreshAI.Wendy’s.https://www.wendys.com/blog/drive-thru-innovation-wendys-freshai
(*3)Lucas,A.(2024.July 31).Taco Bell to roll out AI drive-thru ordering in hundreds of locations by end of year.CNBC.https://www.cnbc.com/2024/07/31/taco-bell-to-roll-out-ai-drive-thru-ordering-in-hundreds-of-locations.html
(*4)Klein,D.(2023.September 28).The 2023 QSR(r) Drive-Thru ReportQSR.https://www.qsrmagazine.com/reports/the-2023-qsr-drive-thru-report/