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2025年4月施行!プライム市場“英文同時開示”義務化で何が変わる?

2025.01.16

2025年4月から、プライム市場の上場企業は主要な開示情報を日本語と英語で同時に開示しなければならない——。JPX(日本取引所グループ)の新たな方針が発表され、企業のIR担当者の皆さんは今、まさに対応策に頭を悩ませているのではないでしょうか。本記事では、英文開示の必要性や、JPXの開示義務化の詳細、また企業の対応方法についてお伝えします。

英文開示とは?なぜ重要なのか?

そもそもなぜ企業情報を英文でも開示する必要があるのでしょうか。

投資家間で情報格差が生じることは投資環境においてデメリットになります。情報開示が日本語のみである場合、日本語を理解できる投資家は開示情報に直ちにアクセスできるのに対して、日本語を解さない投資家にとっては投資判断が一歩遅れることになるからです。国内海外問わず、すべての投資家が同じタイミングで同じ情報にアクセスできることは大変重要です。

なお、金融市場のグローバル化にともない、日本企業に対する海外投資家からの関心は高まっています。例えば、2023年度の日本株の海外投資家比率は31.8%(*1)であり、過去最高を更新しました。このトレンドは今後も続くと思われるため、英訳の重要性は今後も高まっていくことが予想されます。

一方、企業にとっても株主層の多様化は、売買動向を国内の株主に偏らせないという点で株価変動リスクの分散につながる可能性があります。また、海外での企業知名度向上や資本コストの低減など、海外投資家を呼び込むことで得られるメリットも期待できます。その意味でも、英文開示を強化する意義は小さくありません。

プライム市場の英文開示の現状:海外投資家が不満を抱く3つの理由

JPXの調査によると、現在、上場企業の多くはすでにある程度の英文開示を行なっています。2023年8月時点で何らかの英文開示を実施している上場企業の割合は、プライム市場では97.2%にのぼります。(*2)

この開示状況を海外投資家はどのように評価しているでしょうか。なんと72%が「不満」「やや不満」と評価しています。理由として①日本語との情報量の差、②開示のタイムラグ、③中小型株における英文開示の不足などを挙げています。

    プライム市場における英文開示の実施率と海外投資家の評価     プライム市場における英文開示の実施率と海外投資家の評価(*2、P4)

  1. 日本語との情報量の差について、書類ごとに英訳状況を見てみましょう。各IR書類の英文開示要否を海外投資家に尋ねたところ、ほとんどの書類で英文需要は8割を超えており、最も需要が低いアニュアルレポートでも77%の投資家が英文開示を望んでいるという結果になりました。対して実際の開示状況はというと、例えば決算短信の英訳割合は90%を超えているものの、有価証券報告書の英訳割合は21%に留まります。また、決算短信の英訳においても、短信全体を英訳している企業は全体の47%であり、それ以外の企業は抜粋・一部のみを英訳している状況です。

        書類別の英文開示ニーズと開示状況     書類別の英文開示ニーズと開示状況(*3、P9)


  2. 開示タイミングについても、同様の状況が見られます。調査したすべての書類について、海外投資家が同時開示を望んでいる割合は50%を超えていますが、実際に同時開示が行われている割合は最も高い株主総会招集通知でも55%に留まり、決算短信の42%、適時開示資料の29%が続きます。

        英文開示タイミングのニーズと実際の開示タイミング     英文開示タイミングのニーズと実際の開示タイミング(*3、P16)


  3. 中小型株の開示不足については、以下決算短信の例が挙げられます。時価総額が1千億円以上の企業については59%が全文を英文開示しているのに対して、時価総額250億円未満の企業では34%と2倍近い差があります。これについては時価総額が開示有無に影響しているというよりも、英文開示に積極的な企業ほど海外投資家の資本を受け入れることができており、結果として時価総額が高いとも考えられます。

        時価総額別/海外投資家保有比率別のプライム上場企業の英文開示状況     時価総額別/海外投資家保有比率別のプライム上場企業の英文開示状況(*3、P10)

JPXが発表した「英文同時開示」義務化の詳細:対象書類とスケジュール

このような海外投資家ニーズと英文開示状況との乖離を受けて、JPXはプライム上場企業の英文同時開示の義務化を2024年2月26日に発表しました(2025年4月1日以後に開示する書類から適用)。これにより、プライム市場に上場する全企業が主要な開示文書を日本語と英語の両方で同時に開示を求められることとなります。

発表の詳細は以下のとおりです。

  • 「重要な会社情報について、可能な限り、日本語と同時に、英語で同一の内容の開示を行うよう努める」旨の努力義務を新設
  • その上で、実務上の負荷を鑑み、まずは「決算情報および適時開示情報」について、日本語と英語の同時開示を義務化
  •     JPXが新設した具体的な義務化の内容     JPXが新設した具体的な義務化の内容(*3)

また、今回の義務化に関わる補足事項は以下の通りです。

  • 全書類、また全文について英語での開示が義務ではなく、一部または概要の開示でも可とする
    • 「一部または概要」の水準感について定めはなく、各社検討を促す内容である
  • 英文は日本語の開示の参考訳であり、正確性については規則違反に対する措置の対象外とする
  • 2025年4月1日以後に開示するものから適用とする
    • 例:3月決算であれば2025年3月期の決算短信から、12月決算であれば2025年12月期の第1四半期決算短信から
    • ただし、実施予定時期を書面で別途提出した場合には1年間までの猶予が与えられる

また、開示内容の充実や対象書類の拡大については継続検討としている点にも留意が必要です。本発表の趣旨を考えると、今後義務とされる文書の範囲が拡大する可能性は高いと思われます。

上場企業が直面する課題と対応策:翻訳フローの効率化からAI活用まで

完全な同時開示を目指す場合、考えられる企業の対応は例えば以下のようになるでしょう。

  • 最初から日本語版と英語版と同時に作成する
  • 現在の英訳フローを全体的に早める

日本語版と英語版の同時作成には多くの社内リソースを必要とするため、一部の企業を除いて現実的な選択肢にはなりにくいかもしれません。

既にある程度の英訳を行なっている場合はそのフローを早めることが考えられますが、同時開示となるとかなりの効率化が求められるでしょう。外部に委託する場合、日本語版の送付から英語版完成までに少なくとも1週間程度のリードタイムを要することが通常です。また、その間に日本語版に変更があった場合、変更分については社内での対応が必要になるかもしれません。

一方、JPXのガイドラインにおいては必ずしも完全な英訳を同時開示する必要はないため、例えば以下のような対応も可能です。

  • 英語版については一部または概要のみを開示する
  • AI翻訳を参考訳として開示する
  • AI翻訳で参考訳を開示したのち、ブラッシュアップ英文を追加で開示する

一部や概要のみの開示であれば社内対応する場合でも負荷が軽減します。また、参考訳の位置付けであればAIによる翻訳を一旦提出し、チェック後の英語版を後日リリースすることも可能です。AI翻訳を使用する場合、修正の負荷を軽減するためには日本語をわかりやすく明確に書くなどの工夫も有用かもしれません。

まとめ

2025年4月から施行される英文開示義務化について、現在の開示状況や海外投資家のニーズを交えてご紹介しました。特に重要なポイントをおさらいしましょう。

  • 2025年4月からプライム上場企業は「英文同時開示」が義務化
  • 海外投資家は開示内容やタイミングの遅れによる情報格差に不満
  • 企業が取るべき主な対策
    • 翻訳フローの効率化や見直し
    • 内製・外部委託・AI活用など翻訳手法の再検討
    • 実現可能な英訳範囲の検討(概要英訳や参考訳での対応も可能)

上場企業にとっては負担が増えることにはなりますが、企業価値向上や海外投資家との関係強化につなげるチャンスでもあります。英文同時開示の意義や英語版資料の役割を正しく理解し、自社の目的やリソースに応じた最適な体制を整えることが鍵となるのではないでしょうか。

出典:
(*1) 「2023年度株式分布状況調査の調査結果について」東京証券取引所(2024/7/2)
(*2) 「プライム市場における英文開示の拡充について」東京証券取引所(2023/10/11)
(*3) 「プライム市場における英文開示の拡充に向けた上場制度の整備の概要」東京証券取引所(2024/2/26)