上場企業のIR担当者にとって、適時かつ正確な英文開示は非常に重要です。海外の投資家やアナリストに対し、誤解を招かない明確な情報を提供することが求められるからです。最近では、AI翻訳ツールを活用して翻訳業務の効率を高める企業が増えています。
とはいえ、すべてをAI任せにするのではなく、翻訳結果の中で「どこを人手でチェック・修正すべきか」を見極めることが、質の高い英文開示につながります。特に決算短信のような定型的かつ数値の多い文書では、AI翻訳が苦手とするポイントがいくつかあります。
この記事では、AI翻訳をうまく活用しつつ、人手で確認すべき重要な箇所として、「会計期間の表現」「マイナスの数値の表記」「数字の訳出エラー」という3つのポイントに焦点を当てて解説します。
目次
注意点1:会計期間の表現
決算短信では、財務情報の期間を明確に示すことが不可欠です。しかし、日本語と英語では会計期間の表記方法が異なるため、AI翻訳のままでは慣例に沿わない訳語が登場することがあります。
累計期間の訳出
英語では、第1四半期累計期間であればthree months、第2四半期累計期間であればsix monthsなどと、〜か月間という表現をすることが多いです。しかしこのような訳出はAI翻訳では出力することが難しく、用語集への登録など何らか手を加える必要があります。First quarter、second quarter…とする企業もありますが、第2四半期累計期間以降の場合、例えばsecond quarterのみでは累計の意味が落ちてしまう(6月〜9月の3ヶ月間とみなされる)ため、cumulative(累積)を足すなどして誤解を回避しなければなりません。
■「当第3四半期累計期間(2025年3月期)」の場合
英訳例 | 説明 |
---|---|
Nine months period under review | ・期間が明確 ・用語集で対応可能 |
Nine months ending December 31, 2024 | ・期間が明確 ・AI翻訳のみでの対応は難しい |
First nine months of the fiscal year ending March 31, 2025 | ・期間が明確 ・AI翻訳のみでの対応は難しい ・長い |
Current cumulative third quarter | ・期間が明確 ・やや不自然に感じることも |
Current third quarter | ・「累計」の意味が落ちるので× |
期間と期末の訳し分け
日本語の決算短信においては、会計期間(e.g. 2024年4月1日〜2025年3月31日の1年間)と、期末時点(e.g. 2025年3月31日)をどちらも「2025年3月期」と記載することができます。しかしAI翻訳ではこの訳し分けはできません。経営成績(売上や利益)を話題にしているときには期間、資産状況を話題にしているときには期末と訳し分ける必要があります。
■「当第3四半期累計期間(2025年3月期)」の場合
英訳例 | 短信内での採用箇所 |
---|---|
Nine months ended December 31, 2024、など |
・サマリー情報の「経営成績」 ・損益計算書、他 |
As of December 31, 2024、など |
・サマリー情報の「財政状態」 ・貸借対照表、他 |
注意点2:マイナス数値の表記
日本語の決算短信では、マイナスの数値は△を使って表すことがほとんどです。この記号はAI翻訳においては記号と認識されて翻訳後にもそのまま残ってしまいます。ワードの機能で一括変換することも可能ですが、金額の減算を表す場合と、割合などの減少を表す場合とで表記が異なるため、内容を吟味した上で変換する必要があります。
パターン | 短信内での推奨表記 |
---|---|
金額の減算を表す場合 | (1,234) |
割合などの減少を表す場合 | -1,234 |
注意点3:数値の訳出エラー
数値の訳出については、一つのエラーが重大な誤解を生む可能性があるため、AI翻訳後のチェックは必須です。特に文中で出現する金額の表現については要注意。特に注意したいのが、「3億4百万円」などの、いわゆる「とんで」が入るケースです。正しい英訳は304 millionですが、まれに340 millionや34 millionと訳出してしまうケースがあります。 なお、みらい翻訳では独自の前処理技術を使用し、下記のような日本語特有の数値表記や年号表記を適切に翻訳できるようチューニングを行なっています。
原文 | みらい翻訳の訳出 | エラーの例 |
---|---|---|
一億三千円 | 100003000 yen | 130 million yen |
123.1億台 | 12.31 billion units | 12,310,000 units |
令和元年上場 | Listed in 2019 | Listed in 2028 |
まとめ
決算短信の英文開示においてAI翻訳は高品質かつ工数の削減に大きな効果のあるツールですが、適切に補正を加えることで、より正確で分かりやすい英文開示が可能になります。上記で紹介した細かなポイントを意識することで、海外投資家やアナリストに誤解のない情報を提供できます。AI翻訳の利便性を活かしつつ、効率性と正確性を両立した開示を目指しましょう。