「危ない!」のひとことが、もし相手に伝わっていなかったら——。製造現場で外国人スタッフに安全教育をするとき、いちばん怖いのは「教えたつもりが、伝わっていない」ことです。そして実際に、外国人労働者の労働災害は製造業に集中しています。
安全教育の履行は法律で義務づけられていますが、ただ実施するだけでは不十分で、「理解してもらう」ことまでが求められています。この記事では、法律でどのような対応が求められているのかを整理したうえで、安全教育を確実に届けるための多言語化の進め方を、5つのステップで解説します。
この記事の要点
- 外国人の労災は製造業に集中している——まず現状を直視する
- 安全衛生教育は法律上の義務。しかも「実施」だけでなく「本人が理解できること」まで求められる
- 対策は、やさしい日本語+マニュアル・動画・現場のやり取りの多言語化。できるところから始められる
目次
いま製造現場で起きていること——外国人労災の現状
厚生労働省のまとめによると、外国人労働者の労働災害による死傷者数(休業4日以上)は、2024年に初めて6,000人を超え、6,244人にのぼりました。死亡者は39人で、現在の集計方法となった2019年以降(*)で最多です。当時の外国人労働者は約230万人で、死傷者数は2019年の約3,900人から、およそ1.6倍に増えています(*1)。
(*) 2019年の改正以前は、外国人労働者の労災は氏名等から外国人であることが確認できた場合に限って把握されていました。改正後は、労働者死傷病報告に「国籍・地域」と「在留資格」の記入欄が設けられ、外国人労働者の労災をより体系的に集計・公表できるようになりました。
厚生労働省発表 令和元年~令和6年 労働災害発生状況をもとに作成
そして製造現場の担当者が直視すべきは、この労災が製造業に集中しているという事実です。厚生労働省の資料では、外国人労働者の死傷者を業種別にみると製造業が最も多く、全体のおよそ半数(約48%)を占めています。次いで建設業が続きます。
厚生労働省発表 「令和6年における労働災害発生状況」をもとに作成
さらに、労災の発生頻度を示す「千人率」(労働者1,000人あたりの死傷者数)でみても、外国人労働者は全労働者の平均を上回っています(*2) 。国はこの状況を重く見ており、第14次労働災害防止計画で「外国人労働者の死傷年千人率を2027年までに労働者全体の平均以下とする」という目標を掲げています(*3) 。
では、なぜ外国人労働者の労災はこれほど多いのでしょうか。背景には、業務経験の浅さなどさまざまな要因がありますが、なかでも言語の壁によって作業手順や安全衛生教育が十分に理解されていないことが、大きな要因と考えられています。
そもそも「安全衛生教育」とは?法律が求めていること
私たちがふだん「安全教育」と呼んでいるものは、法律(労働安全衛生法)では「安全衛生教育」と呼ばれ、事業者の義務として定められています。
企業に義務づけられている安全衛生教育は、ざっくり言うと次の4つです(労働安全衛生法第59条・第60条)。
- 雇い入れ時の教育:人を雇ったとき、最初に必ず行う基本の教育。機械や作業の危険性から、手順・点検、健康障害の予防、事故時の対応まで、安全に働くために必要な事項を教える(労働安全衛生規則第35条)。
- 作業内容変更時の教育:担当する作業が変わったときには、雇い入れ時と同様の教育が必要。
- 特別教育:危険・有害な作業に就かせるとき。製造現場では、アーク溶接、研削といしの取替え、動力プレスの金型の取付け・調整、産業用ロボットの教示などが対象(*)
- 職長等に対する教育:職長または現場の労働者を監督する立場になるときに必要な教育。作業方法の決定と人員配置、部下への指導・監督、リスクアセスメント、異常時の措置など、現場監督者が労働災害を防ぐために必要な事項を教える。
安全衛生教育は「やったほうがいい」ではなく「やらなければならない」義務です。国籍や雇用形態を問わず外国人スタッフも例外ではありません。
さらに、法律が義務づける「実施」だけでは十分ではありません。厚生労働省は通達・指針で、外国人には母語ややさしい日本語、視聴覚教材を用いるなど「理解できる方法」で行うよう求めています(*4)。そして、理解できる形で教育していなければ、労災が起きた際に企業の安全配慮義務(*)違反として賠償を問われることがあります。
大阪地裁では、金属加工会社で働くベトナム国籍の男性がプレス機に指を挟まれ重傷を負った事故をめぐり、日本語が読めない男性に日本語だけの教材しか用意していなかった点を問題視し、「本人が理解できる方法で安全教育が行われていなかった」として会社の安全配慮義務違反を認め、約1,000万円の損害賠償を命じる判決が出ています(*5) 。
ここに、最も大事な点が表れています。国や裁判所が問うのは「教育を実施したか」だけではなく、「本人が理解できる形で行ったか」です。日本語の資料を配って読み上げただけでは、相手が理解していなければ、教育の目的(労災防止)は果たせていないのです。
なぜ安全教育は「伝わらない」のか——3つの壁
言葉の壁は、ひとくくりにできません。実際の現場では、「口頭(話し言葉)」「書面・標識(書き言葉)」「理解の確認」という3つの観点で考える必要があります。
1. 口頭の指示が、その場で伝わらない
作業中の「そこ危ない」「もう少し右」といったとっさの声かけや、朝礼での注意喚起は、その場で正確に伝わってこそ意味があります。ところが、騒音の多い製造現場で、日本語に不慣れなスタッフに口頭だけで伝えようとすると、肝心な部分が抜け落ちたり、聞き取れないまま流されたりします。危険を知らせる言葉ほど一瞬の判断を要するため、ここでのすれ違いは事故に直結します。
2. 書面・標識が読めない
マニュアルも、作業手順書も、掲示物も、標識も日本語だけ——。読めなければ、守りようがありません。「巻き込まれ注意」「保護具着用」といった表示も、意味が伝わらなければ、貼っていないのと同じです。さらに日本語は「察してもらう」ことを前提にした曖昧な表現が多く、緊急時にはその曖昧さが命取りになります。やさしい日本語が災害時の情報伝達への反省から生まれた背景は、別記事「
『やさしい日本語』は言語の壁を越えるコミュニケーション術」をご覧ください。
3. 「わかりました」が、理解しているとは限らない
口頭でも書面でも、相手に「届いた」としても、それだけでは安心できません。説明すると「はい」「わかりました」と返ってくる。でも、実際には理解できていないことがあります。聞き返すのをためらったり、流れで頷いてしまったりするためで、安全の場面ではこれが致命傷になります。(理解度の確かめ方は、別記事「
外国人スタッフへの仕事の教え方|失敗しない教え方と「初動」の重要性」で詳しく解説しています)
伝わっても、理解できているとは限らない——だからこそ、安全教育は「実施したか」ではなく「本人が理解できる形で行ったか」が問われます。
製造現場の安全教育を多言語化する5つのステップ
ここからは具体策です。どれも大切な取り組みですが、一度に完璧をめざす必要はありません。できるところから着実に進めましょう。
ステップ1:やさしい日本語で土台を作る
多言語化の前に、まず元の日本語をシンプルにします。「はっきり・最後まで・短く」を意識し、曖昧な表現や二重否定を避けるだけで、伝わりやすさは大きく変わります。やさしい日本語はAI翻訳ツールとも相性がよく、外国語に翻訳する際の精度も上がりやすくなります。
また、標識や掲示はピクトグラム(絵記号)を併用すると、言語に関係なく直感的に伝わりやすくなります。
ステップ2:安全マニュアル・作業標準(SOP)を多言語化する
安全マニュアルや作業標準(SOP)、そして特別教育や職長教育の資料は、現場の基本ルールそのものです。これを母語で読めるようにします。Word・PowerPoint・PDF・Excelなどのファイルをそのまま翻訳できるツールを使えば、レイアウトを保ったまま多言語版を用意できます。繰り返し使う定型文は翻訳ツールの辞書機能を使って登録しておくと、訳のブレも防げます。
ステップ3:安全教育ビデオ・KYT動画に多言語字幕をつける
危険な作業は、文章より「見せる」ほうが圧倒的に伝わります。安全教育ビデオや危険予知トレーニング(KYT)動画に多言語字幕をつければ、母語が違うスタッフ全員に、同じ内容を同じ精度で届けられます。動画データをアップロードすると翻訳字幕を作成できる動画翻訳を使えば、字幕づくりの手間も抑えられます。
ステップ4:朝礼・KY活動・ヒヤリハット共有をその場で翻訳する
安全は、書面だけでなく日々の対話で守られます。朝礼での注意喚起、KY活動、ヒヤリハットの共有——こうしたその場のやり取りは、リアルタイム音声翻訳が有効です。「いま、何に気をつけるか」を即座に母語で共有できるうえ、作業者の側も、危険やヒヤリハットに気づいたときに声を上げやすくなります。
ステップ5:日常の指示・連絡を母語でやり取りする
日々の作業指示や連絡は、テキスト翻訳で双方向に母語化します。指示が伝わるだけでなく、作業者も母語で質問できるので、「わからないことをすぐ聞ける」状態をつくれます。
なお、母語でのやり取りは、日本語に不慣れなうちの土台であり、日本語学習に取って代わるものではありません。母語で安心して働ける環境は、むしろ日本語を学ぶ余裕にもつながります。習得が進めば、翻訳に頼る場面は自然と減っていくでしょう。ただし、命に関わる安全の情報だけは、習得レベルにかかわらず、確実に理解できる形で伝えることが重要です。
安全教育の多言語化を効率化するなら
安全教育の多言語化は、労災を防ぐリスク対策であると同時に、スタッフの定着にも効く取り組みです。安全に配慮されている実感は「自分は大切にされている」という安心感につながり、わからないことや危険を率直に言える職場は、事故を未然に防ぐだけでなく、人が辞めにくい現場づくりにもつながります。
では、何から手をつければいいか。
まずは国の無料リソースが使えます。厚生労働省は、11言語に対応した
漫画形式の安全衛生教育教材や、
技能講習の外国語補助テキスト、
危険を直感的に伝えるイラストと外国語の注意喚起文などを公開しています。汎用的な内容は、こうした教材を活用するのが近道です。
ただし、自社固有の手順書・SOP・特別教育の中身・設備マニュアルは、公的教材ではカバーできません。ここは自前で、正確に多言語化する必要があります。とはいえ、文書も動画も現場の会話もすべて人力で翻訳するのは現実的ではありませんが、AI翻訳を使えば、まとめてスピーディに多言語化できます。
みらい翻訳の「
FLaT」なら、ファイル翻訳・動画翻訳・リアルタイム音声翻訳・テキスト翻訳を、安全教育のあらゆる場面で活用できます。専門用語や安全用語はユーザ辞書に登録して訳語を統一できるため、現場や文書をまたいでも表現がブレません。ISO27001(ISMS)・ISO27017を取得し、SOC2 Type2報告書も取得。翻訳データは処理後に自動削除され、AIの学習などに二次利用されず、すべての処理を国内サーバーで完結する点も、機密を扱う製造現場で選ばれている理由です。
まとめ
製造現場の外国人スタッフへの安全教育で大切なのは、次の3点です。
- 外国人の労災は製造業に集中しているという現状を直視する
- 事故の背景にある「話し言葉・書き言葉・理解」の壁を認識する
- やさしい日本語+多言語化で、安全教育を「伝わる形・理解できる形」に変える
「危ない!」が、確実に伝わる現場へ。できるところから始めてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q. 特別教育や安全衛生教育は、外国語で実施してもよいのですか?
A. はい、問題ありません。法律は教育を行う「言語」を指定していません。むしろ大切なのは、受ける本人が内容を確実に理解することです。日本語で実施しても理解されていなければ、教育の目的を果たせません。外国人スタッフには、母語ややさしい日本語、視聴覚教材など、理解できる方法・言語で行うのが望ましく、多言語化した教材を使えば、特別教育のような専門性の高い内容も伝えられます。
Q. 専門用語や安全用語も、AI翻訳で訳せますか?
A. 工夫すれば実用レベルで対応できます。ポイントは、ユーザ辞書(用語集)機能の活用です。みらい翻訳では、機械名・工程名・社内用語・安全用語など「訳し方を固定したい言葉」をユーザ辞書に登録でき、登録した語は指定どおりの訳語に統一されます。これにより、現場や文書をまたいでも訳がブレず、誤訳による誤解のリスクを抑えられます。元の日本語をやさしい日本語にしておくと、さらに精度が上がります。
Q. 外国語が読めなくても、翻訳した内容を確認できますか?
A. はい、「逆翻訳(訳し戻し)」が役立ちます。日本語から外国語へ翻訳した文章を、もう一度日本語に訳し戻すことで、元の意味が保たれているかを自分の目で点検できます。外国語が読めない担当者でも、訳し戻した日本語に違和感があれば「意味がズレているかもしれない」と気づけるため、安全に関わる資料の確認に有効です。ただし、逆翻訳は意味のズレに気づくための”確認の助け”であり、完全な正確さを保証するものではありません。専門用語をユーザ辞書で固定し、元の日本語をやさしい日本語にしたうえで逆翻訳でチェックする——この3つを組み合わせると、誤訳のリスクをより確実に下げられます。
Q. 安全教育の多言語化には、どれくらいコストがかかりますか?
A. 翻訳会社に都度発注する人力翻訳に比べ、AI翻訳ツールを使えば、マニュアル・動画・日常会話を内製で多言語化でき、トータルコストを抑えやすくなります。重要なのは、労災が一度起きたときの損失(操業停止・補償・信頼低下)と比べることです。多言語化は「コスト」よりも「リスク対策の投資」と捉えると判断しやすくなります。
Q. すでに掲示してある日本語の安全標識は、どうすればいいですか?
A. すべてを一度に貼り替える必要はありません。まずは危険度の高い箇所(重機・高温・電気・立入禁止エリアなど)から優先的に多言語化・ピクトグラム化を進めるのが現実的です。ピクトグラムは言語を問わず直感的に伝わるため、多言語表記と併用すると効果的です。
Q. 育成就労制度が始まると、安全教育の要件は変わりますか?
A. 技能実習制度は2027年4月に育成就労制度へ移行します。育成就労では人材の育成・定着がこれまで以上に重視され、受け入れ企業には適切な労務管理・教育体制が求められる見込みです。一方で、安全衛生教育が労働安全衛生法上の義務であることや、外国人に「理解できる方法」で行う必要があることは、制度が変わっても同じです。むしろ、育成・定着を重視する制度のもとでは、母語で確実に伝わる安全教育の重要性はさらに高まると考えられます 。
(*1) 厚生労働省「令和6年における労働災害発生状況」(p.20-22)https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/001543320.pdf
(*2) 厚生労働省「外国人労働者の労働災害発生状況」(『令和6年における労働災害発生状況』 p.20-22)
https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/001543320.pdf
(*3) 厚生労働省『第14次労働災害防止計画』(p.7)
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001116307.pdf
(*4) 厚生労働省「外国人労働者に対する安全衛生教育の推進等について」(基発0328第28号)
https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/000571530.pdf
厚生労働省「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/gaikokujin13/sisin01.html
(*5) 関西労働者安全センター「外国人労働者への安全教育の実態~外国人労働者に対して十分な安全教育を求めた損賠裁判判決~」
https://koshc.jp/archives/9625
・厚生労働省「令和6年における労働災害発生状況」 https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/001543320.pdf
・厚生労働省「第14次労働災害防止計画」 https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001116307.pdf
・厚生労働省「労働安全衛生関係の免許・資格・技能講習・特別教育など」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/roudoukijun/anzeneisei10/qualificaton_education.html
・厚生労働省「外国人労働者の安全衛生管理」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000186714.html
・厚生労働省「職場のあんぜんサイト」https://anzeninfo.mhlw.go.jp/
・e-GOV「労働安全衛生法」 https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000057
・e-GOV「労働安全衛生規則」 https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032/20231001_505M60000100033