経営・DXに効くAI活用

生成AIが「それなりに」できる時代に、私たちが積み上げているもの
みらい翻訳CEO鳥居大祐インタビュー2026(後編)

2026.11.05

インタビュー前編で語られたのは、生成AIで「それなりに」できることと、ビジネスの現場で本当に使えることの間にある、巨大な溝でした。そして、その溝を埋められるかどうかが、これからのAIサービスの価値を決めるということです。

では、みらい翻訳は実際にその溝をどこまで埋めつつあるのでしょうか。そして、これからどこへ向かうのでしょうか。後編では、その具体像について聞きました。

生成AI時代における、AIサービスの価値とは?

ー生成AIでできることと、現場で使えることの間にある溝を、みらい翻訳はどのように埋めていくのでしょうか?

鳥居:ポイントは一つです。一般のユーザーが生成AIを普通に使うだけではできない価値を、どれだけ提供できるか。

AIで単純に翻訳をするだけだと、安定性や網羅性など、やはりいろんな穴があるんです。穴がある状態では、組織で利用するには不安が残ります。その穴をしっかり埋めて、業務で使えるようにする。

文書でも、会話でも、あるいは翻訳以外の領域でも、やろうとしていることの基本は同じです。それを、いくつかの事業として形にしているところです。

翻訳サービスは、これからどこへ向かうのか

── まず、翻訳サービスはどうなるのでしょうか。

鳥居:
文書翻訳の世界も、変わってきています。

これまでは、既に出来上がった翻訳サービスありきでした。「こういうサービスがあります。使いますか、使いませんか」と。それでも、以前に比べて翻訳の精度が格段に上がったという価値があったので、それで成り立っていたんです。でも、これからは違う。精度がある程度高いのはもう当たり前なので、「で、何を解きたいのか」という話になってきています。

同じ翻訳でも、課題によってアプローチはまったく変わります。翻訳の専門家が、より楽に、より速く仕上げられるようにしたいのか。それとも、翻訳者ではない方が、ある程度安心して使えるようにしたいのか。前者と後者では、作るべきものが全然違う。

── 前編でお話のあった翻訳エージェントは、翻訳者ではない方向けのものですか?

鳥居:
今、試作しているものは、そうですね。翻訳の専門家でなくても安心して使えるレベルに仕上げるという方向のものです。

用語を統一して、校閲を何度もかけて、レイアウトや装飾を保って、ユーザーが希望するファイル形式で出力する。あわせて、品質レポートや校閲レポートも出す。たとえば固有名詞がどう訳されたかをレポートで確認して、気になるところはその場で直していただける、といったものを想定しています。

100%完璧ではないかもしれない。でも、今までとは違って、かなり安心して使える。そういう水準までAIで持っていく、という試みです。

── 翻訳モデル自体の精度は、もう上限に達したのでしょうか。

鳥居:
いえ、翻訳モデルそのものの高度化も、並行してずっと続けています。あまり表には出ない部分ですが。
さきほど、「精度が高いのはもう当たり前」だと言いましたが、あれは価値として打ち出しにくくなった、という意味です。95%から99%、99.9999%へと突き詰めていくのは、終わらない旅だと思っています。

訳文そのものの精度を上げることと、訳す前後の工程までAIで引き受けること。この両方で目指しているのは、外国語が業務の妨げに一切ならない状態です。翻訳していることを意識すらせずに、仕事が普通に進んでいく。なかなか難しいとは思うんですけども、そうなるのが理想です。

音声翻訳の進化:流れて消えていく会話を、どうとらえるか

── もうひとつ力を入れているのが、リアルタイム音声翻訳ですね。

鳥居:
言語の壁と聞いて、みんなが真っ先に思い浮かべるのは、やはり会話ですから。そこをやらないことには、という思いはずっとありました。

音声翻訳に関しては「リスニングアシスタント」というサービスを提供しています。その場で話されている言葉が、どんどん翻訳されて表示される、というサービスなんですけども。オンラインでも対面でも使えて、音声も翻訳結果もデータとしてサーバーに残らないようにしています。もちろんAIの学習への二次利用もしません。守秘性の高い場面でも安心して使っていただけるように、というところは、文書翻訳で長くやってきたことがそのまま生きていますね。

この「リスニングアシスタント」を、今年の2月に大幅にリニューアルしました。これまでは、音声を文字にしてから翻訳する、という二段構えだったんです。それを、音声から直接訳すやり方に切り替えた。翻訳の精度は保ったまま、話してから訳が出るまでの遅れを、大幅に減らすことができました。

── それによって、何が変わったのでしょうか。

鳥居:
会話って、書かれた文書と違って、流れて消えていくものですよね。戻って読み直すことができない。だから、発話から時間をおかずに翻訳が表示され、その場で理解できるようにならないと意味がない。
今回のリニューアルで、それが本当にできるようになったということです。たとえば医療系の学会でお使いいただいたり、企業の会議でも広がってきていて、引き合いも増えています。

── ではもう、完成に近いのでしょうか。

鳥居:
いや、まだまだだと思っています。もちろん業務でお使いいただける水準は満たしていますが、機能やUIの面で、やれることはまだ多い。いま積極的に実証を重ねているのは、そこを見極めるためです。

やっぱり生のコミュニケーションって、すごく難しいんです。めちゃめちゃ難しい。音声認識がすごくいいものができたからといって、解決ということでも、おそらくない。

── どこが難しいのでしょうか。

鳥居:
コミュニケーションのシーンや目的、形式によって、最適な出力が異なることです。

セミナーのように、一人がずっと話すのを聞く場面。二人で言葉を交わす場面。同じリアルタイム翻訳でも求められるものが違うので、これが正解、という形が一つに決まらないんです。

いまの「リスニングアシスタント」は、飛び交うさまざまな言語を自分の母語で聞き取ることに特化したモードと、二つの言語で対話することに特化したモードを分けて、オンラインか対面かも選べるようにしています。でも、それで全部のシーンをカバーできているわけではない。

私たちは音声翻訳の技術の進化を、この10年間ずっと見てきました。技術が進歩してもなお、より良くはなるけれど、まだ何か足りない。だからこそ私たちの技術は、実際の社会実装というか、現場と向き合って、それを解決する技術を作っていくことだと思っています。

── 裏を返せば、これから使える現場はまだ広がっていくということでしょうか。

鳥居:
そう思います。

私たちはこれまで、企業の情報システム部門を中心に展開してきました。その結果、どうしてもオフィスで働く方々に向けたサービスが中心になっていたんです。
でも、同じ企業の中に、意外な盲点がある。工場の現場だったり、外国籍の従業員の方々だったり。本来、そこの生産性をしっかり上げなければならないのに、すっぽり抜けてしまっている。

そこにはきちんと対応していきたい。少子化や人口減少といった社会課題にもインパクトを与えられる、意義のある取り組みになるはずだと考えています。実際に、教育現場や工場などでもお使いいただき始めています。

リスニングアシスタントUI

翻訳からの拡張:なぜ、翻訳の会社が法務AIなのか

── 翻訳以外では、法務AIの開発も進めています。翻訳の会社が法務、というのは外部の人からすると飛躍に聞こえるかと思いますが。

鳥居:私の中では、結構ストレートフォワードなんです。

私たちには専用の翻訳モデルがあります。特許、製薬、法務・財務の3分野です。いずれも、独特の言い回しがあり、誤りが許されず、専門知識がないと訳文の正しさを判断できない領域です。翻訳という切り口ではあるものの、こうした領域にはこれまで深く関わってきましたし、ドメインの知識もそれなりに蓄積されている。

だから翻訳を軸として、その周辺や、その業界でお手伝いできることへ広がっていく。事業拡大の方向としては、それほど突飛ではないと思っています。

── 独自の言語体系を持つ領域に、言語処理の技術を適用していく、ということでしょうか。

鳥居:
そういうことです。技術的にも、翻訳で培ってきたものが生きる部分はあります。たとえば、大量の文書を、同じ基準でぶれなく処理すること。翻訳では文書全体で用語が揺れていないかをチェックしますが、法務でも、定義した言葉が契約書全体で正しく使われているか、複数の契約書のあいだで食い違いがないかを厳密に見る必要があります。表やレイアウトといった文書の構造を崩さずに扱ったり、決まった形式で結果を出力したりするのも、ファイル翻訳でずっとやってきたことです。

もちろん、どこに法的なリスクが潜んでいるかを見抜くのは、翻訳とはまったく別の難しさがあって、簡単ではありません。ただ、土台になる部分には共通するものがある、ということです。

── 法務AIは、最初の発表から1年ほど経過し、その間もさまざまなアップデートが続いています。振り返ってみて、どのように評価されますか?

鳥居:
1年ほど取り組みを続ける中で、法曹業界、特に大手法律事務所ならではの特殊なニーズがあることがわかってきました。そうした業界の特殊性を踏まえたうえで、必要なものを形にできるところは、お客様にも評価していただけたのかなと考えています。

── 特殊なニーズ、というのは具体的にはどんなことでしょうか。

鳥居:
たとえば「事務所のパワーポイントのテンプレートに合わせて出してほしい」といったご要望や、情報のマスキングに関するご相談など。本質的ではないけれど、人の手を煩わせていることも、現場には山ほどある。しかも全社的に、地味に、ストレスとして存在している。売上には直接関係しないけれど、誰かがやらなければならない作業です。

今の時代、人間がやらなくてもいいようなことを、現場の方々が本当にたくさんやっている。それをひとつひとつ解消していくことも、我々がお手伝いできることの一側面だと思います。

お客様が「何を解きたいのか」から始める

── お客様との向き合い方も、変わってきているのでしょうか。

鳥居:
変わりますね。

お客様の課題がどこにあるのかを、一緒に言語化するところから始める。これは、以前のような「サービスを売る」という関係とは、かなり違う向き合い方です。

サービスを作れば、それが広くみんなに使ってもらえる——そういう時代が終わりつつある。前編でお話ししたとおり、開発のハードルが下がって、簡単なものなら誰でもすぐに作れるようになったからです。

だから、カスタマイズも含めてお客様のお困りごとに対応していかないと、なかなか成り立たない。まずご一緒してしっかりニーズを掴んだあとに、それをサービスとして昇華させていく。そういう進め方に変わってきています。

── どういった相談から始まるのでしょう。

鳥居:
始まりはたいてい「こういうことで困っているんだけど」という雑談のようなご相談で、こちらもすぐにプロトタイプを作ってお見せする。そこから形になっていきます。お客様の方で特別に何かご準備いただく必要はないと思っています。

実際、少しずつですが、翻訳のお客様から翻訳以外のご相談をいただくようになりました。

みらい翻訳CEO鳥居大祐 みらい翻訳CEO鳥居大祐

みらい翻訳のこれから:それでも、変わり続ける

── これから、みらい翻訳はどこへ向かうのでしょうか。

鳥居:
正直に言うと、いま作っているものも、今の形のままでは過渡期にしか通用しないかもしれないと思っています。

たとえば翻訳エージェントも、そうかもしれません。ユーザーのメモリがしっかりできて、普段どういう翻訳をしているかをAIが観測できるようになれば、今のような仕組みは要らなくなるかもしれない。もっと先には、「翻訳して、きちんと見せる」ということすら不要だと、みんなが思うようになるかもしれません。翻訳できるのは当たり前なんだから、と。

技術の進み方を考えると、いま提供しているものが2年後もそのまま最適だとは思えません。だからこそ、私たちは常に変わり続けなければいけない。世の中の要請に応え続けるべく、変化しなければならないと思っています。

── 変わり続けるとして、その軸になるものは何でしょうか。

鳥居:
「ランゲージサービスプラットフォーマー」という方向性を掲げています。簡単に言えば、文字や言葉を介するサービスの提供です。

たとえば、顔認識のソリューションは出しません。画像認識や画像生成、音楽生成を中心にしたサービスも考えていない。翻訳でやってきたのは言語処理ですから、そこにノウハウがある領域を中心にやっていく、という考え方です。

そのうえで作っていくのは、汎用性の高いものよりも、専門性の高いエージェント。法務AIのように、独自の言語体系を持つ領域に、深く入っていくものです。独自の言語体系は、法務業界に限らず、あらゆる業界に少なからず存在しています。もっと言えば、社内用語のようなものも、独自の言語体系です。

そうやって、さまざまな業務の様式そのものを変えていく。それが、みらい翻訳が変わらず取り組んでいくことです。