ファストフードチェーンのドライブスルーで、マイクに向かって注文した時、あなたが会話をしている相手は人ではなくAIかもしれない――。2024年には遠い海の向こうのニュースだった光景が、2026年、ついに日本の日常でも現実化しつつあります。
国内大手チェーンのモスバーガーが実証実験を開始したというニュース(*1)は、単なる店舗DXの進展以上の意味を持っています。対話型AIがすでに身近な存在となった今、私たちが関心を寄せるべきは技術の目新しさではなく、「シビアな実社会の現場で、AIと人間がどう役割を分かち合うのか」という具体的な姿です。
ドライブスルーという、スピードと正確性が極限まで求められる「人間とAIの協働の最前線」で何が起きているのか。その現在地を探ることは、私たちの働き方の未来を占う上でも大きな示唆を与えてくれるのではないでしょうか?
まずは、ドライブスルーAIの実装において先行し、数々の試行錯誤を経てダイナミックな変化を続けているアメリカの事例から見ていきましょう。
目次
米国各社の今:AIドライブスルーはもはや「不可逆」な進化へ
2024年時点では、多くのAIドライブスルーは「最先端の実験」という色合いが強いものでした。しかし2026年現在、米国市場においてこの流れはもはや「不可逆的な変化」となりつつあります。
巨大チェーンから中小規模のチェーンに至るまで、AIによる注文受付は「試すもの」から「備えるべき標準装備」へとフェーズが変わりました。さらに、巨大チェーンにおいては、AIカメラやネットワークにつながった厨房機器など、店舗全体のデジタル基盤とAIを組み合わせることで、オペレーション全体のスピードと正確性を高め、利益を最大化しようとする挑戦が続いています。
マクドナルド:グローバル43,000店舗の基盤刷新へ
2024年6月、IBMとのパートナーシップによるドライブスルーAIのテスト導入をマクドナルドが終了した際、メディアや消費者の多くはこれを「完全な失敗」と受け止めました。SNSでは、AIの聞き間違いによって「マックフルーリーにベーコンがトッピングされる」といった誤発注動画が拡散され、AIの限界を揶揄する声もありました。しかし、マクドナルドにとって、これは次世代へのステップに過ぎなかったのです。
その後、マクドナルドはGoogle Cloudと提携し、グローバルで43,000店舗に及ぶテクノロジー基盤の抜本的な刷新に着手すると発表しました(*2)。AIドライブスルーでの注文対応に留まらず、より統合的なデジタル/AI導入を進め、効率化による利益拡大や顧客体験の向上を目指しています。
ウェンディーズ:注文時間を短縮させたAIと、それをハックする顧客の攻防
マクドナルドよりも早くGoogle Cloudとパートナー契約を結び、ドライブスルーAIシステム「FreshAi」を開発したウェンディーズは、2025年内に「FreshAi」を500店舗以上へ拡大するという具体的なロードマップを歩んでいます(*3)。「FreshAi」は、注文時の背景ノイズの処理や複雑なカスタマイズ注文、スラングへの対応に加え、英語・スペイン語の言語切り替えも可能。テスト環境においては、注文時間を平均22秒短縮し、約99%の注文正確性を達成したと言います(*4)。
一方で、「お勧め商品に関するやり取りをAIが注文と誤認識し、注文を取り消したものの商品の準備は継続され、無料で商品をもらうことができた」というTikTokerの動画が話題になるなど、まだまだ課題はありそうです(*5)。
ウェンディーズは、毎日数万件に及ぶ注文を活用して「Fresh Ai」を学習させ、さらなる精度向上を目指すとともに、デジタルメニューボードやデジタルキオスク(*)への投資を進め、顧客体験の向上を図るとしています(*6)。
タコベル:エヌビディアと挑む「AIカメラ×音声認識」の融合
タコベルではドライブスルーAIをスタッフに換わる有用な技術として、2024年に本格稼働を開始しました。ところが、導入店舗が500店舗以上に拡大した2025年頃、顧客が18,000杯の水を注文するなど、AIの弱点を突いた悪ふざけ動画がSNSで拡散される事態が多発しました。その結果、タコベルは注文の完全な自動化を見直し、混雑時などには人間のスタッフが適宜介入・監視するハイブリッドな運用へと方針転換しています(*7)。あわせて、Yum!ブランド(*)全体への拡張も見据え、エヌビディアとのパートナーシップを開始しました。
(*) Yum!ブランド:タコベル、KFC、ピザハット等を傘下に持つファストフード企業。
2026年4月現在、タコベルのドライブスルーAIは最新の生成AIを活用し、特殊な用語や方言などの学習も進めたことで、顧客のユーモアや自然な会話のテンポをより正確に理解できるようになりました。継続的な最適化により注文の処理スピードは人間のスタッフと同等以上に向上し、従業員が接客などのより重要な業務に集中できるようになったことで、AI導入店舗では離職率が低下するという確かなビジネス成果にも結びついていると公表しています(*8)。
さらに、音声による注文受付に留まらず、AIカメラで車列や車両の動きを分析。音声AIと視覚AIを組み合わせることで、ドライブスルーのスピード向上と正確性を同時に高める次世代型オペレーションを模索しています(*9)。
hi auto:年間1億件をさばく、業界屈指の完結率
hi auto(ハイオート)社のドライブスルーAIシステムは、バーガーキングや、中小規模チェーンのCheckers&Rally’sやBojanglesなど、900以上の店舗で採用されています。2025年12月には、注文対応件数が業界で初めて年間1億件を突破したと発表しました。さらに、hi auto社のドライブスルーAIは、96%の高い正確性を持ち、注文の93%を人へ引き継ぐことなくAIのみで完結させたと言います(*10)。
興味深いのは、hi autoは、93%という高い注文完了率を誇りつつも、それを100%にすることが必ずしも良い戦略と捉えていないところです。顧客が突然アレルギー食材についての質問をしたり、以前の注文に関する苦情を言い始めたりした場合、hi autoのAIはこれが通常の注文でないことを検知し、人間のスタッフが対応するというフローになっています(*11)。注文を完了することを最優先のゴールとして設計した場合のリスクを踏まえた、人とAIの協働戦略が立てられているのです。
モスバーガーが目指す「ホスピタリティの進化」
100%の自動化を目指さない「ハイブリッド応対」の選択
2026年1月、モスバーガーは埼玉県の吉川美南店を皮切りに、国内初となるAIドライブスルーの実証実験を開始しました(*12)。この実証実験で注目すべきは、モスバーガーが当初から「AI単体での100%自動化」を目指すのではなく、AIと人間がシームレスに連携する「ハイブリッド応対」を採用した点です。
AIが初期の注文受付を担いつつ、内容が複雑になったり「アレルギー」などの重要なキーワードを検知したりした瞬間に、即座に人間のスタッフがバトンを引き継ぐ(*13)。AIを前面に出しながらも、背後では常に人間が「最後の砦」として見守るこの体制は、注文間違いや不備を限りなく最小化しようとする、日本らしいあり方のようにも感じます。
「タッチパネル」という正解を選ばなかった理由
深刻な人手不足への回答として、外食チェーンではセルフオーダー式のタッチパネルを導入する動きもあります。しかし、モスバーガーが選んだのは技術的難易度の高い「音声対話」によるドライブスルーでした。
車高や停車位置の違い、あるいはタッチパネルの操作にもたつくことで後続車から受けるプレッシャーなど、ドライブスルー特有の難しさを考慮し、顧客に「いつも通り喋るだけ」という自由を残したのです。そこには、効率化を追求しながらも、ドライブスルーでの「会話」そのものが顧客体験価値に貢献しているというモスバーガー独自の仮説が反映されています。
人間が「人間らしい仕事」に立ち戻るための環境作り
AIにドライブスルーでの聞き取りと注文入力を任せる――それは、スタッフを「マイク越しの騒音と格闘する」という負荷から解放し、「丁寧な調理とおもてなし」へ立ち戻らせるための試みです。スタッフが最高のサービスを提供するための相棒としてAIを据える。このハイブリッドな関係が、同社が追求する「人とAIの協働」の形と言えるでしょう。
まとめ:AI前提で「仕事の様式」を再設計する
日米のドライブスルーで起きている変化を振り返ると、アプローチこそ対照的ですが、一つの共通した「成功への鍵」が浮かび上がってきます。
当初、アメリカの多くの企業は「既存のプロセスに、人間の代わりとしてAIを置くこと」を目指しました。しかし、数々の予期せぬトラブルを経て彼らが行き着いたのは、単なる音声の置き換えではなく、デジタルメニューボードとの連動やAIカメラでの車両分析など、「AIがあることを前提とした、店舗オペレーションそのものの再構築」でした。
対して日本のモスバーガーもまた、最初から「人とAIが協働すること」を前提に、スタッフをマルチタスクから解放し「おもてなし」に再配置するという、新しい仕事の様式を設計図に描き込んでいます。
このドライブスルーの窓口で起きている変化は、ファストフード業界だけの話ではありません。
これまで、多くのAI導入は「今ある仕事の、この部分だけを自動化する」という部分最適に留まりがちでした。しかし、本当の成果は、AIという新しい要素を組み込んだ際に、「それなら、ビジネスプロセス全体をどう作り直すのが最も合理的か」という、前提条件の再設計から生まれるのではないでしょうか。
AIが情報の整理や定型業務を担うことで、人間の役割や評価基準、さらには顧客との向き合い方そのものが形を変えていく。それは「技術による代替」というよりは、「AIという存在を前提にした、仕事の様式の再発明」と呼ぶほうが、しっくりくるかもしれません。
(*2) “McDonald’s Gives Its Restaurants an AI Makeover” (THE WALL STREET JOURNAL, March 5, 2025)
(*3) “Wendy’s to deploy drive-thru AI to over 500 restaurants this year”(RESTAURANT DIVE, May 2, 2025)
(*4) 「ウェンディーズのドライブスルー注文におけるAIの利用:AIはファストフードの未来か?」(UNITE.AI, April 6, 2025)
(*5) “Woman Is Greeted By AI Drive-Thru Worker At Wendy’s. Then She Tricks It Into Giving Her Free Food“ (brobible, March 8, 2026)
(*6) “Transforming the Ordering Experience: Wendy’s FreshAi Update” (Wendy’s, May 2, 2025)
(*7) “Taco Bell rethinks AI drive-through after man orders 18,000 waters”(BBC, 29 August, 2025)
(*8) “NVIDIA GTC 2026: Retail Sees Great Potential With Physical AI and Operational Improvements”(BizTech, Mar 23, 2026)
(*9) “From Kitchen to Drive-Thru: How Yum! Brands Is Accelerating Restaurant Innovation With AI“(Nvidia, April 30, 2025)
(*10) “Hi Auto’s AI Order Taker Surpasses 100 Million Drive-Thru Orders Per Year”
(*11) “How Voice AI Went From Taking Notes To Running Drive-Thrus” (Forbes, Feb. 3, 2026)
(*12) モスフードサービス プレスリリース「AI と店舗スタッフの「ハイブリッド応対」で接客品質の向上を目指す AI ドライブスルーの実証実験を開始」(2026年1月21日)
(*13) [AIはドライブスルーをどう変える?現場のリアルと未来への挑戦 – モスバーガー公式note]