AIに指示を出すだけで、ソフトウェアが出来上がる。プログラミングの経験がなくても、アイデアさえあれば動くプロダクトが作れてしまう——そんな時代が、すでに始まっています。
では、企業の現場で本当に役に立つAIサービスも、同じように簡単に作れるのでしょうか。自らAI開発ツールでプロダクトを作ったCEO兼CTOの口から出たのは、「めっちゃむずい」という率直な一言でした。
簡単に作れるものと、どうしても真似できないもの。その差はどこにあるのでしょうか。そしてその差は、AIを活用しようとするすべての企業にとって、「使えるAI」と「使えないAI」を分ける境界線でもあります。
AI翻訳サービスの精度と品質を10年にわたり追求してきた、みらい翻訳CEO兼CTO鳥居大祐に聞きました。
目次
AIによる開発革命が起きている
── 前回のインタビューから1年半が経ちました。AIの世界で、今何が起きていますか。
この1年半で最も大きかったのは、AI開発ツールの進化です。代表的なものに、Anthropic社のClaude CodeやOpenAI社のCodexがあります。これらは、人間が「こういうものを作りたい」と自然な言葉で指示するだけで、AIがプログラムを自動的に生成してくれるツールです。
これまでソフトウェアを作るには、エンジニアがプログラムを一行一行書き、確認し、修正するという地道な作業が必要でした。それがAIに任せられるようになったことで、出来上がるサービスやアプリケーションが、すごい勢いで進化し始めています。
これは開発者だけの話ではありません。企業がAIを活用して提供するサービスの品質やスピードが、根本から変わるということです。AIを活用したサービスを提供する企業にとっても、それを利用する企業にとっても、競争のルールが書き換わりつつあります。
Anthropic社は「AIが自ら開発できる割合が増えている」と発表しています。AIが自分でプログラムを書いて、自分で検証して、自分で改善する。そのループが自律的に回り始めたとき、私たちの想像を超える世界が来るかもしれません。
ただし、技術の進化と、人間や組織がそれを使いこなすことの間には、必ず時間差があります。AIは先に行きますが、企業がそれを業務に組み込み、実際に成果を出すまでには時間がかかる。その時間差を埋めることに、私たちのような企業の価値があると考えています。
エンジニアに戻れた喜び
── その変化は、鳥居さん自身にどんな影響を与えましたか。
Claude Codeを使い始めたら、止まらなくなりました。毎日深夜3時まで開発して、ちょっと体を壊しかけました(笑)。
でもこれが、とてつもなく嬉しいんです。エンジニアに戻れた、という感覚。
社長になってから何年も、頭の中にはこうしたいというアイデアがあるのに、それを部下に伝えようとすると、あまりにも複雑で途中で挫折する、ということが続いていました。「こうしてああして」と説明する前に、複雑さに自分が負けてしまう。
それが、Claude Codeを使うと、自分の手で形にできるんです。「こうしたい」と説明する代わりに、「もう作ったから見て」と言える。この違いは非常に大きい。
具体的には、翻訳エージェントを自分で開発しました。翻訳・校閲・品質レポート・用語集管理・レイアウト保持。これらをすべて統合し、翻訳の専門家でなくても安心して使えるレベルに仕上げることを目指したものです。
驚いたのは、すでに何年もかけて構築されてきた、当社の既存サービスのソースコード(プログラム)をすべてAIに読み込ませて、その上に新しい機能を組み込むことができたことです。人間が一から読み解くには途方もない量の情報でも、AIが構造を理解し、どこにどう手を加えればよいかを導き出してくれる。こうしたことは、AI開発ツールなしには不可能でした。
「使える」と「使い続けられる」の間にあるもの
── 誰でもAIでプロダクトを作れる時代になったと言われます。実際に自分で作ってみて、それは本当だと感じますか。
半分本当で、半分嘘、というのが正直なところです。
簡単なものなら、本当にすぐできます。頭の中にイメージがあるものは、AIに伝えれば一瞬で形になる。ちょっとしたツールや試作品なら、数時間で動くものが出来上がる。これは紛れもない事実です。
でも、翻訳エージェントは「めっちゃむずい」。
何が難しいかというと、例えば専門用語の処理。翻訳する文書には業界固有の用語や固有名詞が出てきますが、その訳し方を文脈に応じて一貫性を持って適用し続けることは、非常に繊細な設計が必要です。他にも、翻訳結果の品質をどうチェックするかの仕組み、元の文書のレイアウトをどう保つか、改行の位置をどう処理するか——一つひとつは地味ですが、これらすべてが揃って初めて、ビジネスの現場で安心して使えるものになります。
表面上は似たようなものが作れるかもしれません。でも、裏側の作り込みは、見た目からはわかりません。
実際、生成AIで翻訳は「それなりに」できる時代になりました。それは事実です。ChatGPTに「この文書を翻訳して」と頼めば、それなりの翻訳が返ってくる。
しかし、「それなりに」できることと、「ビジネスの現場で安心して使えるレベル」の間には、巨大な溝があるんです。
翻訳エージェントは、その溝を埋めるために作っています。生成AIに一言頼むだけではできないこと——用語の一貫性、品質チェック、レイアウトの保持——それらを統合して、現場のプロフェッショナルが安心して使えるレベルに仕上げる。
この構造は翻訳に限りません。例えば当社の法務AI。ChatGPTに法律の質問はできますが、判例の正確な引用、顧客固有の情報を踏まえた分析、法務担当者が日常の業務の中で自然に使える操作性と信頼性。それらを統合して初めて、現場で本当に使えるものになります。
生成AIでできることと、現場で本当に使えることの間にある溝を埋める。これは、AIを活用しようとしているすべての企業に共通する課題だと思います。そしてその溝を埋める力こそが、これからのAIサービスの価値を決めるものだと考えています。
「何を作るか」を見極める力
── 作ることのハードルが下がった時代に、価値の源泉はどこに移っていくと思いますか。
「言われたものを作る」だけなら、もうAIがやってくれます。そうなると、人間に求められるのは「そもそも何を作るべきか」を見極めることです。
どんな課題を解決すれば顧客の役に立つのか。生成AIで「それなりに」できることの、どこに溝があるのか。その溝を埋めるために、何をどう組み合わせればいいのか。こうした判断は、技術の可能性と限界を肌感覚でわかっている方が有利です。
CTOがCEOを兼ねることの意義がこれまで以上に大きくなったと感じます。技術の深さがわかる人間が経営判断をすることで、実現不可能なことにリソースを投じたり、逆に実現可能なチャンスを見逃したりすることを防げる。AI時代には「何を作るか」と「どう作るか」の境界があいまいになるからこそ、両方を見渡せる視点が重要になっています。
社内では、この変化を組織全体で乗りこなすために、AI駆動開発ワークショップを私自身が主催しています。AI駆動の開発手法を、実際の顧客プロジェクトの中で実践してもらう取り組みです。やってみると、開発のスピードが変わるだけでなく、「何を作るべきか」「顧客の課題の本質は何か」を考える比重が大きくなっていくことを、参加者自身が実感しています。
自分だけが変わるのでは意味がない。組織全体がこの変化を自分のものにする必要があると思っています。
AI駆動開発ワークショップの様子
自社の変革、その先へ
── こうした社内の変革は、お客様への提供価値にどうつながりますか 。
2つあります。
一つは、サービスそのものの進化です。AI駆動の開発を取り入れたことで、改善のスピードが上がり、新しい機能やサービスをより早くお届けできるようになります。先ほどの翻訳エージェントも、この開発手法があったからこそ形にできたものです。
もう一つは、お客様自身の変革を支援できることです。実はどの企業も、同じことで悩んでいます。自分たちの業務プロセスを、AIありきのものにどう変えるか。何を人がやって、何をAIに任せるか。私たちは自分たちの組織で率先してその変革をやっているからこそ、その大変さも、乗り越え方も実感としてわかる。お客様と向き合うとき、そこは大きいと感じています。
みらい翻訳のサービスはこれからどう進化していくのか。そしてこの会社自身はどんな姿を目指すのか。後編で語ります。